おいしい ふくしま物語

「みんなでやっぺ!」想いをのせたイチゴが皆さんをお待ちしています!

2014年1月17日

いちご狩り

みんなが大好きなイチゴ。福島県もイチゴ生産が盛んであり各地に観光イチゴ園が多くあることは前回お伝えしました。
東日本大震災とその後の原発事故は、そのイチゴ生産と観光農園としての営業に大きな被害を与えました。
そのような苦境の中、事業を再生し前を向いて進んでいるイチゴ生産者もいらっしゃいます。

今回、お話を伺ったのは相馬市の和田観光苺組合の組合長 山中 賢一郎さんです。
 
「3月11日のあの大震災の津波で、6割のハウスが被害を受けました。」
 
その言葉を聞いて、私は大変驚きました。なぜならば、海に近いとはいえ、今回お話を伺った組合事務所は松川浦沿岸から450メートルほど内側の道路を隔てた場所にあり、直接海を見ることはできなかったからです。
 
さらに、
「そこの壁に線が引いてあるでしょう?そこが津波の最高到達点です。」

津波の最高到達点

その言葉で私は完全に言葉を失ってしまいました。その高さは手を伸ばしてやっと届くかどうか、2メートル近くあるいはそれを超えていたかもしれません。
東日本大震災での津波がいかに想像を絶するものだったかを改めて思い知らされました。

それでも、残ったハウスからイチゴを収穫し避難所に提供するなど、地域の方を支えていらっしゃった矢先、原発事故が発生します。
 
「原発近くの地域の方が続々と避難されてくる現状を見て、イチゴを作っている場合ではないかもしれない、そういう状況でした。」
 
まさに、危急存亡の事態だったのです。
 
しかし、自分たちが精魂込めて手入れしてきた場所を、津波の爪跡が残ったままにしておくわけにはいかない。その気持ちが行動を起こします。
 
「自分の住んでいる周りが塩害を受け荒野になっているのを見るのは気分的に良いものではなかったのです、誰が悪いわけではないけれども…。
そして、原発事故による放射性物質の影響について何とか大丈夫そうだと分かってきた中で、このままで終わらせるわけにはいかないと行動に移しました。」
 
残った4割のハウスを修理し平成24年1月15日(日)に再オープン。行政機関にも協力を依頼し、立谷相馬市長に直談判するなど働きかけを行ったところ、復興庁も協力を快諾。国の支援を受けて大型ハウスが導入されたのです。

ハウス
イチゴのハウス内

「当時はまだ、津波と原発事故の被害を受けた観光農園が再オープンするのは珍しかったのでマスコミの注目も高く、大勢のお客様がいらっしゃってくださいました。」
 
強い想いと積極的な行動が、様々な人たちを巻き込んで大きな力になったのです。

イチゴのハウス内
イチゴ

「相馬では港や潮干狩りなどの観光が軒並み深刻なダメージを受け、旅館業や飲食業も大変困っている中で、私たちの観光苺組合に対する大きな期待を感じます。
立ち上がれるものから立ち上がり「みんなでやっぺ(みんなでやろう)」のもとに地元を盛り上げていき、いつか復興を成し遂げられれば、そう思います。」
 
観光に訪れる方がバーベキューを楽しめる施設を改装するなど、次々と出来ることを行動に移している、和田観光苺組合。

和田観光苺組合
和田観光苺組合

福島県内にはそういった強い想いを抱きながら再起、そして以前にも増してみなさんに満足していただけるよう、前に進んでいるイチゴ生産者たちが数多くいます。

イチゴ

瑞々しく甘い幸せを運んでくれるイチゴ。
それだけではない、想いやストーリーを感じることが出来る福島県のイチゴが、あなたを待っています。

こちらの和田観光苺組合さんには第6回のモニターツアーでも訪れる予定です。
是非参加ご応募お待ちしております。

(記事:コッシー情報員)


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